演劇という方向性

2012-05-31

ebisu

 小劇場の演劇は趣味なのか、仕事なのかという事について議論を戦わせていた。
 ギャラが無いわけだから、趣味だという意見と
 お客さんからお金を取っているんだから、趣味とか言うなという意見
 微妙に論点がずれているから、もちろん意見はかみ合わない。
 みなさんは、プロという自負を持って舞台を踏む。
 じゃあ、プロってなんだろうって、考えたとき単にお金を稼いでいるから
 という理由なら、演劇論は不毛だろう。
 「そんな考えだから、あんたは売れてないんだよっ」て、言葉でおわるから。
 それなら、あらかじめ所得順に考えを述べておけばよい。
 プロという言葉が、理想という言葉と裏腹に使われている以上、話し合うことは無い。
 商業主義、拝金主義、資本主義、お客のニーズに応える。。。云々
 そこから、脱却できなければ、議論として先へ進まないような気がする
 もちろん、稼がないといけないし、稼がないと輝いていられないのかもしれない。
 その不安定さと、不確定さゆえに、さらに考えを頑固な物にしていくのかもしれない。
 そして、現場の活躍している人のアドバイスが、歴然と正義感をおび、響いてくる
 だから、余計に混乱する、みんな有名になりたいし、稼ぎたいから。

 僕は、演劇を通して、日本文化を語れたら良いなって、漠然と考えているのだけど
 ひょっとしたら、演劇をしている人が一番、文化から遠い存在なのかもしれない。
 それほど、日本の政府は、演劇人を精神的に追い詰めているのだろう。

 高額な入場料を取って、これは趣味ですからと開き直られても困るだろうけど
 友達にチケットの購入をを頼んでおいて、プロですと言われてもどうかと思う。
 稼いでいるかいないかは、別の話と言うことにしていただければ
 要は、お客のニーズに応えるのか応えなののかが、テーマなのだろう。

 冷静に考えれば、簡単だ、お客さんのニーズは、無視するべきだろう。
 百人の人が集まれば、百人の人のニーズがある。それにフィックスするのは無理。
 え~。娯楽なんだから、お客さんに喜んでもらわないと、ダメでしょう。??
 だったら、有名人使って、でかい劇場ですればよい。
 有名人というニーズは、百人が百人納得できるニーズだからだ。
 それは、あたかも役の人物を演じるのではなく、有名人を演じているわけで、
 役のキャラよりも、その人のキャラが勝っているから成立するのですね。
 無名な人は、そう簡単ではない。たとえば、ロミオとジュリエットのジュリエット
 お客さんのニーズは、厳しいぞ、オリビアハッセーだ、そんな16歳どこにもいない。
 当然、違和感を抱くだろう。お客さんのイメージは、多種多様だ。
 要するに、お客さんのニーズに応えていたら演劇が成立しなくなるから
 逆に、こちらからソリューションを提示していくのが自然だろう?
 こんな娯楽も有り、楽しめますよとお薦めしていかないと難しいはなしです。

 演技がうまいとか、下手とかよく言うけど、そんなのほんとにあるのかな?
 そんなことを思う。
 君は芝居が下手だなと言われる。じゃあ、誰がうまい俳優ですか?と聞く?
 返ってきた答えが、大嫌いな俳優だったら、どう思いますか?
 良いよね~と、いわれている人が自分が目指す演技でないとしたら?
 良いといっている人が、ダメなの?自分がダメなの?難しいですよね。
 これも有名人なら、どうでもよい事なのだけど、それじゃあ、話にならないね。
 時々思う。誰かの真似をすると、うまいと言われることが多い。
 自分の思った通りの事をすると、下手と言われることが多い。
 これってさぁ、ひょっとしたら、見る人が単に過去のデータに照らし合わせただけ?
 そのデータが照合されて違和感なければ、うまい。と評価する?
 ジュリエットを演じるときオリビアハッシーの真似をすればよい芝居?
 もし、そうだとしたら、下手ってなに?単にオリジナリティが有り過ぎるだけかも
 だからさ、下手だねって言われても、落ち込むことはないと思いますよ。
 もっと、言ってしまうと、演劇を良いとか悪いとか、評価させたらだめですよね。

 そう、評価させない芝居!って、なんだ~?
 お客さんは、ただ漠然と芝居を見て、納得して帰る。善し悪しは無し。笑

 さて、お客さんのニーズの多様性は良いとしても
 演じる側の俳優も、表現したいニーズがまったくそろわない。笑
 ほんと、笑うぐらい違う。しかも、頑固に違う。
 お客さんには新しいソリューションを提示すれば、納得してくれる可能性があるけど。
 役者には、その寛容さすら無い様な気がする。しかも、目標が売れること
 つまりが、商業主義であったり、有名志向であったりして、協調性はない
 競演であって、共演できない。もちろんそうでない劇団もあるでしょうが、
 その場合、だいたい劇団自体が商業的に成功をおさめているか
 ある強烈な独裁者を擁しているかのどちらかでしょう。極論ですよ。
 普通に集まれば、烏合の衆となりやすい。
 さあ、大変だ。どうします?
 一つにまとまるための宗教も無ければイデオロギーもない現代。あるのは金だけ。
 しかし、小劇場に一番欠落してるのが、そのお金。
 もうこうなったら、ひとつにまとまろうなんて、幻想は捨てた方が良さそうだ。
 烏合の衆は、そのままカオスとして、浮遊するエネルギー体として動く。
 エントロピーは、増大しながら、ヒッチコックの映画のように、一つにまとまる。
 それを可能にするのは、その潜在能力を持っているのは、まぎれもない日本人だ
 戦国時代の武将は、それをやって実現した人たちなのかもしれない。
 欲望という名の電車から降り、混沌の河を渡るのだ、そして、血からをもらい伝ふ。
 さあ、パラダイムシフトの始まりだ、わくわくするぞ。

 無茶苦茶な内容になってしまった。かなり妄想してしまった。
 勝手な長いつぶやきでして、関係団体、知り合い等、まったく関係のない話です。
 ごめん

 


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