森繁先生について追記
どうもマスコミの方のミスリードで、森繁先生が、何処にいても女たらしだったみたいな、印象になってしまっているようで、(汗)もちろん、ほんとの意味でのプライベートは、知りませんが、街中で見かけるような、セミプライベートの話をしますと・・・
先生が、女性の手を出すのは、現場でだけ?それはそれは、無茶しますが。
いったん仕事を終えて、プライベートになって、遊びに行く時は、女優さんは参加できません。それが、誰かの彼女であろうと、妻であろうと禁止だったのでは?例外は、付き人さんだけです。
遊の会は、そうそうたる顔ぶれでしたが、(各番組で主役や準主役を張っているような人達です)全て男性です。そして、ホテルに集合をかけたりします。みんな、仕事を調整してでも、集まってきます。そういう結束を大事にしていたのかもしれません。
ホテルに居合わせた、一般の人達はびびりますよ、なんちゅう顔ぶれですか!
何かあったんですかって!
いえいえ、ただ遊ぶために集まったんです。なんて、言えない雰囲気でした。
ホテル側も、気持ちよく場所を提供してくれていました。僕たち付き人用の部屋まで、用意してくれたりして・・・。そこは、もうほんとサミット会場です。日本を代表する俳優さんの付き人が、一カ所に集まって、情報交換をするわけです。この部屋に盗聴を仕掛けたら、芸能リポーターになれましたね。
たぶん同じような事が、先生を中心に遊びながら、情報交換や近況を語り合ったのだと思います。そこには、女優もマネージャーも入れない。まさに、俳優だけの集まりでした。事務所の垣根を越えて、俳優同士で、手を組み腕を組み、芸能界を良くしようとしていたのだと思います。そして、いっさい他言はありませんでした。僕たち付き人にも、何も知らされないまま、解散となります。
先生が多くの有名な、いけめん俳優たちと闊歩して歩く姿は、カッコイイの一言でした。
若い女性ファンに囲まれると、非常に機嫌が良かったです。・・・(そこは女好き)
そういう、粋な遊びをしていた時代ですね。
話は変わって、舞台の話ですが・・
先生は、いろいろな芸事を大切にしていて、例えば、太鼓を聞こうと言う事になる。
そうすると、鬼太鼓(おんでこ)の林英哲さんにきてもらう。しかも大型トレーラーをチャーターして、太鼓も舞台に運び込む。そして、目の前で演奏してもらう。これを、実は舞台が始まる前のセットを組む前にお客さんを入れないで、仲間だけで聞くのです。贅沢~!ある日は、平家琵琶を聞くぞとか、いろいろ。それはそれは、こんな幸せは芸事をしていてないですよね。
もちろん、そのあと舞台をやるわけですから、スタッフや僕たちは、鬼!とか言いながら、その後走り回ってましたが、今思えば、そんな機会は、先生以外に作る事が、出来なかったと思います。
こんなこともありました。あるとき、僕が今やってる舞台の現地に行っていろいろ見てきたいと言ったら、だったらこれをついでに町役場持って行けと、いろいろ渡されました。僕は、何も考えず、歴史の現場へ、そして町長さんと面会、森繁さんから託かりました。と書をいろいろわたしました。
それまで気づきませんでしたが、この時、僕は森繁先生のご名代と言う事になったわけですね。
そしたら、もう町長じきじきに一緒に公用車2台で、史跡巡りですよ。なんたるちあ、すごい接待されました!すげーうまいもんいっぱい食べられました!なんかすごい公式訪問みたくなって、現地の人に歓迎されるわ、なんか恥ずかしくなるわ、びっくりしました。ああ、やっぱり先生は偉大だなぁ。
と思いました。
ね、女性がらみの思い出は、ないんですよ~。誤解しないでくださいね。