演劇の立ち位置

2013-01-28

hasu

 戦後、GHQが日本にしたことは、教育の変革による思想教育と日本から文化を奪うことでした。
 それは、みごとな成果をあげたと思われます。
 そして、彼らが文化を奪う代わりに与えてたのが、セックス、スポーツ、スクリーンだったと言われています。

 ああ、そうか、スクリーンもなんですね。
 映画に必要なのは、拳銃と女だと言った人もいたような。
 そう思えば、映画って奴は、そういう性質の物なのかもしれない。
 ヌーベルヴァーグといえば、聞こえが良いけど、結局のところ
 映画を通じて、行われた啓蒙思想の伝達だったのだろうか?
 実際映画は、その時その国の事情により変化を強いられた。
 国民に対する思想教育の手段として使われたとは、間違いないだろう。
 今、現在でも、映画は商業的な洗脳の材料として、利用されているし
 そこが、資金源なのだからしょうが無いということなのだろうか?
 セックス、スポーツ、スクリーン、確かにこれらにうつつを抜かしてたら
 文化なんて、どうでもよくなりそうだ。
 そんな折、夏目漱石の草枕の冒頭の一文は、実際心洗われるような気がする。
 山路(やまみち)を登りながら、こう考えた。
 智(ち)に働けば角(かど)が立つ。情(じょう)に棹(さお)させば流される。意地を通(とお)せば窮屈(きゅうくつ)だ。
 とかくに人の世は住みにくい。
 住みにくさが高(こう)じると、安い所へ引き越したくなる。
 どこへ越しても住みにくいと悟(さと)った時、詩が生れて、画(え)が出来る。
 人の世を作ったものは神でもなければ鬼でもない。
 やはり向う三軒両隣(りょうどな)りにちらちらするただの人である。
 ただの人が作った人の世が住みにくいからとて、越す国はあるまい。
 あれば人でなしの国へ行くばかりだ。
 人でなしの国は人の世よりもなお住みにくかろう。
 越す事のならぬ世が住みにくければ、住みにくい所をどれほどか、
 寛容(くつろげ)て、束(つか)の間(ま)の命を、束の間でも住みよくせねばならぬ。
 ここに詩人という天職が出来て、ここに画家という使命が降(くだ)る。
 あらゆる芸術の士は人の世を長閑(のどか)にし、人の心を豊かにするが故(ゆえ)に尊(たっ)とい。

 この芸術の士はという表現がカッコイイ
 もちろん、僕は詩人でも画家でもない。
 ただ、僕は、ここに演劇の立ち位置を見たような気がしたのですが。

 詩人か~。難しいけど、頑張ろっと。

 

 


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